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  • 気安く使える言葉ではないけれど、6月19日に、とある覚悟の元に苦渋の決断をした。

    随分長いこと悩んで、出した結論だったので、つらい気持ちにもなったが、新しくスタートを切ったような気持にもなれた。

    心新たに、その夜は荒木町Bully’sでライヴ。

    ベース安田幸司さん、ピアノ神村晃司さん。前回からベースを必ずメンバーに入れて演奏することにしたので、今回このメンバーでは二回目。前回音場の作り方に試行錯誤したので、二人ともそのことを覚えていてくれて、ライヴが始まる前にあれこれと音場作りを一緒にしてくれた。

    こういうの、控えめに言ってもとても嬉しい。一人であくせくしているんじゃなくて、みんながより良い形に持っていこうとしてくれる感じ。

    手放せば入ってくる、の法則というのは本当だなといつも感心するけれど、この夜のライヴは勢いのあるステージになった。

    そしたら、随分あってないお客様がふらっと寄ってくださったりして、なんだかうれしいサプライズ。

    次回のBully’sでのライヴは7月3日です。どうぞ、お立ち寄りください。

    6月も最後の日に、6月に大切な演奏が沢山あったというのに、一つもその記録を残していないことに気が付いて、慌てて記憶をたどっている。

    6月2日日曜日のこと。

    この日は私の生まれた横須賀市大津町で、私が通った幼稚園のあった大津カトリック教会でのチャリティコンサートでの演奏でした。

    このお話をいただいた時から、頭の中には一緒にアルバムを作った佐津間純くんのギターの音が流れていたので、ご一緒していただくことに。

    京浜急行に乗っているだけで、もうセンチメンタルジャーニーな気持ちになるので、新大津の駅に降りたとき、懐かしくて、まだ距離があるというのに潮の香まで脳内再生されてしまうほど。

    このチャリティは、東日本大震災で被災し、就学、進学の継続が難しくなった生徒さんたちへの支援を目的に発足された「東日本大震災ともしび会」への募金を目的に開催されました。2012年から継続していらっしゃるそうです。

    北海道江別市マリナーラの食べてチャリティも継続することがとにかく大切だと感じているので、このような活動がずっと継続することを応援したいと思います。

    コンサートの終わりに、神父様が、ともしび会の支援を受けて看護師を目指している生徒さんの手紙の話をしてくださいました。その方は被災した時に小学生だった、と言われて、ハッとしました。8年。私はその間どんな生き様であったろうかと。

    佐津間君のギターは甘く、穏やかに、お御堂の中に漂っていました。窓から差し込む光と、使われている木の響きと、ギターの音色。とても豊かな気持ちになりました。私たちの演奏が、お役に立てるのであれば、本当に歌を続けていてよかったなと感じました。

    幼稚園の同級生やそのお母さま方、そのほか懐かしい皆様もたくさん聞きに来てくださいました。遠くから生徒さんたちも。

    サルみたいに駆け回ってた私を見知っている皆様の前でお澄ましして歌うわけにもいかず、なんだかこそばゆい時間でもありましたが、私にそのようなチャンスをくださった大津教会のみなさまと、聴きに来てくださったみなさまと、一緒に演奏してくれた佐津間純さんに、心からの感謝と深い愛情を。

    今後もこの活動が永く継続していきますように。

    5月18日に田村和大くんの訃報を聞いて、22日のお通夜でお別れをして来た。

    沢山の方がいらしていた。翌日の告別式は仕事で参列できないので、今日ちゃんとお別れをしようと決めていたけれど、実に彼らしい遺影と、その脇でご挨拶をなさっているお父様と、田村くんと一緒にイタリアン『Tagen』をやっていた弟さんの姿を見て、涙がこぼれそうになった。

    田村くんとは私が歌い始めた頃からの付き合いなのだけれど、最近は私のクラスの発表会でサポートをしてくれることも多かったので「藤野さん出世したね」なんて冗談も言ってくれていた。

    彼の甘いマスクと照れたような笑顔のファンは沢山居ただろうし、その実うちの生徒さんたちにも人気があった。発表会だからと妥協せず、真剣に紡ぐ音色にみんな随分勉強させていただいた。

    二人でデュオの仕事をすると良くいろんな話をして、音楽のはなしや料理やお酒、調理器具の話など多岐にわたった。ガンズ・アンド・ローゼズやアーマッド・ジャマルが共通のお気に入りだったこともあって、昔のバンドの話をしたり。

    初めて二人でデュオの仕事をしたとき、一番最初に彼がピアノソロでI’ll be seeing youを弾いた。私の大好きな曲で、その晩自分が何を歌ったかは覚えてないが、その曲だけ鮮烈に記憶にある。

    お通夜で涙がこぼれそうになって、その時の演奏のことをまた思い出していた。多分他の参列者の中にも見知った顔があったのだろうけれど、探す気にもならず、歩き始めたその時、ギターの関根彰良くんが私を呼び止めてくれた。

    関根くんは田村くんととても仲良しで、私なんかよりずっとずっと苦しいだろうに。私はそんな関根くんの顔を見たら、涙が止められなくなってしまった。

    「なんか、変だよね。」

    「うん。田村の悪い冗談みたいだ。」

    「誰それも来てたよ」

    「そうなんだ、気付かなかった」

    「明日、仕事で来れないから、私の分もお別れしといてね」

    「うん」

    翌日、レッスンの間、相当な集中力で1日を終えた。こんな風に突然に素晴らしい才能が消えてしまうのなら、もう私にも、生徒さんたちにも、時間があるとは思えなくなってしまって、やらない言い訳は聞きたくないと思っていたので、もしかしたらキツいことも言ってしまったかもしれない。

    家に帰る途中で、生徒さんの一人からメールが来ていた。田村さんへの追悼の言葉が連なっていた。

    私はその返事で、

    いつか行こう、とか、いつかやろう、とか、そのいつかは来ないと同じことと思うと書いた。それはまさに、自分への戒めであった。いつかでなく、今この瞬間で生きていけるように、私自身も後悔のない時間を過ごそうと思った。

    I’ll be seeing you

    この歌を田村くんへ。

    また、ね。