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  • 5月18日に田村和大くんの訃報を聞いて、22日のお通夜でお別れをして来た。

    沢山の方がいらしていた。翌日の告別式は仕事で参列できないので、今日ちゃんとお別れをしようと決めていたけれど、実に彼らしい遺影と、その脇でご挨拶をなさっているお父様と、田村くんと一緒にイタリアン『Tagen』をやっていた弟さんの姿を見て、涙がこぼれそうになった。

    田村くんとは私が歌い始めた頃からの付き合いなのだけれど、最近は私のクラスの発表会でサポートをしてくれることも多かったので「藤野さん出世したね」なんて冗談も言ってくれていた。

    彼の甘いマスクと照れたような笑顔のファンは沢山居ただろうし、その実うちの生徒さんたちにも人気があった。発表会だからと妥協せず、真剣に紡ぐ音色にみんな随分勉強させていただいた。

    二人でデュオの仕事をすると良くいろんな話をして、音楽のはなしや料理やお酒、調理器具の話など多岐にわたった。ガンズ・アンド・ローゼズやアーマッド・ジャマルが共通のお気に入りだったこともあって、昔のバンドの話をしたり。

    初めて二人でデュオの仕事をしたとき、一番最初に彼がピアノソロでI’ll be seeing youを弾いた。私の大好きな曲で、その晩自分が何を歌ったかは覚えてないが、その曲だけ鮮烈に記憶にある。

    お通夜で涙がこぼれそうになって、その時の演奏のことをまた思い出していた。多分他の参列者の中にも見知った顔があったのだろうけれど、探す気にもならず、歩き始めたその時、ギターの関根彰良くんが私を呼び止めてくれた。

    関根くんは田村くんととても仲良しで、私なんかよりずっとずっと苦しいだろうに。私はそんな関根くんの顔を見たら、涙が止められなくなってしまった。

    「なんか、変だよね。」

    「うん。田村の悪い冗談みたいだ。」

    「誰それも来てたよ」

    「そうなんだ、気付かなかった」

    「明日、仕事で来れないから、私の分もお別れしといてね」

    「うん」

    翌日、レッスンの間、相当な集中力で1日を終えた。こんな風に突然に素晴らしい才能が消えてしまうのなら、もう私にも、生徒さんたちにも、時間があるとは思えなくなってしまって、やらない言い訳は聞きたくないと思っていたので、もしかしたらキツいことも言ってしまったかもしれない。

    家に帰る途中で、生徒さんの一人からメールが来ていた。田村さんへの追悼の言葉が連なっていた。

    私はその返事で、

    いつか行こう、とか、いつかやろう、とか、そのいつかは来ないと同じことと思うと書いた。それはまさに、自分への戒めであった。いつかでなく、今この瞬間で生きていけるように、私自身も後悔のない時間を過ごそうと思った。

    I’ll be seeing you

    この歌を田村くんへ。

    また、ね。

    5月18日土曜日。いつもは4月にやっているSingin’ Partyの日にちが取れなくてこの日になった。

    一週間前にリハーサルをして、上手くいったりうまくいかなかったり、みんなドキドキしているよう。最後に一週間で何かチャレンジできるポイントがあれば、と瞬時に判断して、ワンポイントアドヴァイスを出すことにしているのだけれど、それを経て迎えた本番の日。

    何年通う方でも、本番に向かう高揚感というのはあまり変わらないのじゃないかと思うけれど、私といえば、いつもまず、会場にエネルギーを満たし、歌っている最中は生徒さん一人一人にもエネルギーを注ぐ。

    初めて出られる方、何度も出ている方総勢45曲。ピアノの弾き語り、ウクレレの弾き語り、ジャズコーラスもあって、聴いているこちらとしてはヴァリエーションがあって毎回楽しみである。

    当日開演前。会場にエネルギーを満たしていた時に、ライヴやこのSingin’ Partyなどでも何度もお世話になっているピアノの田村和大くんの訃報を聴く。

    絶句。

    今日だって、もしかしたらピアノを演奏していたのは田村くんだったかもしれないのだ。もしかしたら。もしかしたら。

    心を正して、集中して音楽に向き合う。そうでもしていないと、ふとした瞬間に涙がこぼれてしまいそうになる。

    生徒さんたちの歌に向き合い、タイムキープをして、バンドの演奏に入り込む。それで救われた。

    みなさんの頑張っている姿に、ただ漫然と継続するのではなく、常に初心に立ち戻り、言い訳をせず、覚悟を決めて、もっともっと全力でいこうと思った。

    毎回、健康上の理由や、家族の理由や、仕事や、いろんな理由で参加を見合わせなければならない方もいる。私自身は人生は本当に短いと感じているから、いつまでもこのようなイベントを企画実行し続けられるかわからない。

    そういうと、生徒さんたちからいろんな反応があるけれど、私が伝えたいのは、自己理由であれ、他己理由であれ、いろんなことが起こるから、やりたいことはさっさとやった方がいいということと、やるなら悔しい思いの少ないほうが良いということ。

    今回のように若くして素晴らしいピアニストが一人突然に亡くなってしまうということだってあるのだ。

    年齢は関係ない。

    やりたいことはさっさとやろう。歌いたい歌は早くからまじめに取り組もう。逢いたい人には逢いに行こう。聴きたい音は聴きに行こう。

    いつかできるから、は、永遠に来ない。やるなら、今、この瞬間から。

    本番では、みんな頑張って歌っていた。初めての感激や、初めてのドキドキや、リハでできなかったことができたり、すごい世界観を表現したり、それぞれが自分らしく歌ってくれた。私自身新しい曲との出会いもあり、勉強になった。

    今回のサポートミュージシャンの演奏も素晴らしかった。この音の粒やうねりの中に融け込めたらいいのにと思っていた。

    ベース安田幸司さん、ピアノ紅野智彦さん、ドラムス安藤正則さんに深く感謝いたします。

    また、応援に来てくださったお客様にも、御礼申し上げます。楽しんでいただけたのであれば嬉しいです。

    そして、店長をはじめとしたサムタイムのスタッフの皆様、いつもありがとうございます。

    山野ミュージックサロンのスタッフの皆様にも感謝いたします。

    最後に。田村和大くん。深い感謝と愛を。安らかでありますように。またね。

    あまり、記憶を鮮明に残しておける方じゃない。いつのころからか、長考に耐えられなくなってきた。SNSでファストメッセージやファストソウトを垂れ流しているせいかもしれない。

    昔のブログの記事をたどると、どうやら2008年の3月末まで2年間神楽坂のAkagi Cafeにいた。最後のライヴは渋谷毅さんと金子マリさんだった。あの2年間は私にとってとても貴重な経験を積み、沢山のことを学んだ時間だった。

    あの2年間の中でカフェに演奏に来てくださった方々に最近意図せずよく出逢う。渋谷毅さんには先日のエリントンの演奏会でお目にかかった。これも、ひょんなことからスタッフで呼ばれてお手伝いをしたからだ。そのバンドにも沢山、カフェに演奏しに来てくださった方がいらっしゃって、なんだか眩暈がするようだった。

    自分の身に起こる事柄についてあまり意味を真剣に考えたりはしたくないけれど、音楽の神様が何かを伝えたいのかな?と思ったりして。

    そして、カフェのあった神楽坂には今もあるアグネスホテルというのがあって、そこで当時演奏していた野萩愛さんとも最近再会して、ありがたいことに一緒に演奏をしていただいたりしている。

    いろんな人と再会しているうちに、いったい私はあのころよりも成長したんだろうか?と問うてみる。

    まだまだ。

    でも、いつまで、まだまだ、と言っていられるんだろう?お世話になっている方々、恩返ししたい方々も、もちろん私も、残り時間はどんどん少なくなっている。

    音楽の神様は、きっと、それを伝えたいんだろう。いつまでも、まだまだ、とは言っていられないのだぞ、と。

    想い出と交差する今。心して日々、生きていかなければ。